昭和の温泉街の記憶が、旅の目的地へ——「伊豆リトリート 熱川粋光 by 温故知新」2025年11月1日リニューアルオープンまでの軌跡

更新日:2026年6月6日

熱川という土地の記憶

「熱川」という名は、かつて海辺に熱湯が川のように湧き出ていたことに由来します。
その源泉の発見は室町時代、江戸城築城の歴史にその名を刻む太田道灌が、怪我を癒す猿の湯浴みを見て発見したと伝えられています。
源泉温度はほぼ100℃。源泉井の上部からは絶え間なく湯気が立ちのぼり、熱川ならではの情緒ある温泉街の光景を長く形成してきました。

1961年、伊豆急行線の開通により東京から直通列車でアクセスできるようになると、熱川温泉は急速に発展。豊富な湯量と高い湯温を持ち、1975〜85年には団体旅行や家族旅行の目的地として繁栄しました。しかしその後、旅行スタイルの変化とともに観光客は減少し、街の至る所に廃墟が残るようになりました。

大規模な再開発が行われなかったからこそ、街に漂う湯けむり、温泉櫓の風景とともに、時が止まったような風情ある街並みが今に受け継がれています。この熱川固有の土地の記憶こそが、リニューアルの起点となりました。

コンセプト「ノスタルジック・ラグジュアリー」

古き良きものを大切に守りながら新しい息吹を吹き込み、時を経たものの中に宿る豊かさを再発見すること。旅の目的地となる宿(=デスティネーションホテル)をプロデュースする温故知新がその土地の文脈を引き継ぎ、生まれたコンセプトが「ノスタルジック・ラグジュアリー」です。

熱川の最盛期の記憶に光を当てながら、現代では失われつつあるアナログ的なぬくもり、手触り感を感じる空間となるよう、建築家・瀬川幸太氏が設計を手がけました。

ゆったりとした空間でおくつろぎいただくために、全24室から16室へ再構成。全室87~200㎡のラグジュアリー仕様の客室へ。16室すべてに露天風呂を備え、どの部屋からもオーシャンビューの湯浴みを堪能できるようにしました。

当館が創業した1970〜80年代の文化やテイストをデザインに取り入れ、今の時代に失われてしまった懐かしさの中にあるあたたかさを通じて、ゲストが新たな感性に出会えるような宿を目指しました。

大浴場をスイートルームへ、懐かしさとプライベート性の両立

従来は大勢の宿泊者が湯を共にした大浴場に、現代の旅行者が求めるプライベート性を掛け合わせ、熱川の温泉文化を個人の贅沢な時間として過ごせる空間に再編集しました。

内湯エリアは当時の構造をそのまま活かし、石畳や洗い場の鏡はあえて残し、昔の熱川の写真をアートワークとして配しました。

また、約20㎡の露天風呂はそのまま客室露天風呂へ。サウナを併設することで、伝統的な湯浴み文化を現代のウェルネス体験へと昇華させました。

捨てずに受け継ぐ、アップサイクルの思想

建物の改修時に取り出されたコンクリートガラは、ロビーのアートワークや客室サインとして館内に再配置。熱川周辺がかつて江戸城築城において石を切り出した地として知られていることから、廃材ではなく「歴史を継ぐもの」として館内に配しています。

レストランやパブリックエリアの照明カバーには、過去使用されていた灰皿や食器を転用しました。客室に残る金庫、電話、茶びつも、ブランドカラーやデザインに沿って仕上げ直し、現役のアクセントとして息づいています。

加えて、ロビーや客室に配している椅子も、過去にロビーや客室で使用されていたものの張り地を新しくし、姿を変えて再びゲストをお迎えしています。

ロビーのシャンデリアはかつての卓球場で使われていたもの。微細な傷や色の濃淡が残るその姿が、空間に深みと温もりを添えています。

1970〜80年代の賑わいが館内に宿る

館内各所には、地域の方からお借りした昭和時代のポスターや写真、そして1970〜80年代の楽曲を中心としたレコードコレクションが並び、最盛期の賑わいを今に伝えています。

ゲームラウンジ「浪間(なみま)」ではスマートボールやアナログゲームをしつらえ、ラウンジバー「汐待ち(しおまち)」ではレコードから流れる昭和歌謡とともに静岡のクラフトドリンクを提供しています。

地域とともにここから

リニューアルに先立つ2025年10月20日、東伊豆町長をはじめ地域関係者約30名を招いた内覧会を開催しました。東伊豆町長・岩井茂樹氏からは「熱川温泉のブランド力向上はもとより、地域全体のさらなる発展につながることを期待している」との言葉が寄せられました。

2025年11月1日、「伊豆リトリート 熱川粋光 by 温故知新」は新たな章を歩み始めました。土地の記憶を丁寧に受け継ぎながら、現代の感性で届けること。その積み重ねが、新しい物語をつくっていきます。